2010年8月20日金曜日

舞台5作品:「さらば八月のうた(M.O.P)」「じゃじゃ馬ならし(オックスフォード大学演劇協会)」「ザ・キャラクター(NODA・MAP)楽日」「黙阿弥オペラ」「父と暮らせば(こまつ座)」

今回は4日間の遠征、5ステージ鑑賞。




「さらば八月のうた」(劇団M.O.P)紀伊国屋ホール8月7日マチ
日替わりゲスト:関戸博一(スタジオ・ライフ)
劇団さよなら公演。実は、M.O.Pを見るのは初めて。主催者がマキノノゾミだということ、キムラ緑子や三上市朗、小市慢太郎が所属している劇団ということくらいしか知りませんでした。
初めてで最後ということになりましたが、中々楽しかったです。マキノノゾミってこういう作風の人なんですねぇ。心温まる作品だと思います。「上海バンスキング」をもっと優しくした感じというでもいいましょうか。「あ、関西の人なんだ」とも思いました。登場人同士の繋がり方が柔らかいんです。もっと早く見るべきだったと、ちょっと反省。でも、見続けるとなるとまた話は別かなぁ・・・?
紀伊国屋ホールに入ったのも初めてでしたが、このホールにピッタリの作品でした。

ところで、最後の演奏は、いつものことなんでしょうか?“つかこうへい”が、必ず「踊って」くれるのといっしょ?
終演後、劇団の方々が物品販売しているのも、なんだか懐かしい風情でした。



「じゃじゃ馬ならし」(オックスフォード演劇協会)東京芸術劇場小ホール2 8月7日ソワ
昨年観た「夏の夜の夢」(プロペラ)がとても面白かったので、今回これを観劇。でも10月にさいたまで「じゃじゃ馬」は上演予定なので、できれば、順番が逆の方がうれしかったかも…と思ったのですが、これが楽しかったのです!
装置はほとんど無し、効果音も無し、というシンプルな作りでしたが、なんというか狂言を見ているような楽しさでした。舞台転換のとき出演者が「歌う」のですが、男女混声のポリフォニー合唱で、これが素敵。次の日鑑賞した友人にアフタートークで質問して貰ったのですが、歌詞はシェイクスピア、曲はオリジナルだそうです。プロペラの時も感じましたが、こういう「合唱」ってやっぱり生活に根ざした伝統なんでしょうね。日本人には無理です。
歌舞伎でもそうですが、シェイクスピアも、筋だけ読むと「なんのことやら??」となります。それが、舞台で上演されると「成程!」と納得する。これこそ芝居のだいご味です。「読む」んじゃなく「上演」されてこその作品であり、時を経ても古くならない「何か」があるんだと思います。シェイクスピアと同時代の戯曲家の作品でも、上演されないのは、それなりの「わけ」があるんだと思い至りました。



「ザ・キャラクター」(NODA・MAP)東京芸術劇場中ホール 8月8日マチ
野田作品の「楽日」を観たことないなぁと思い、抽選先行に入れたところ「当たり」ました。でも、先月観た時、この作品の楽日を取ったのは失敗だったかなぁと…。
やっぱり辛かったです。同じように「事件」を扱った「Right Eye」や「ダイバー」は面白かった。でも、「カノン」は辛かった。
野田の場合、彼自身とリンクする作品や、一人の人間の内面から外へ世界へ繋がるような作品が優れた作品となるのか?多くの人々が雪崩を打って動かされれるような現象を扱ったとき、深みが生まれないのか?
一人から世界へはOKだけど、世界から一人に集約されていくのは、どんな作家でも難しいのか?
といろいろ考えました。
『アンダーグラウンド』『約束された場所で』(村上春樹)も、一人一人を大事に扱うことによって深い悲しみや、空虚感が浮かび上がってきていると思うのです。



「黙阿弥オペラ」紀伊国屋サザンシアター 8月9日マチ
これは、期待していなっかった(w)ので、とても楽しく観るころができました。井上ひさしの作品は、肌が合わないというか、猥雑さにちょっとげんなりすることが多かったのですが、演出が栗山民也だからかしら、かる~く笑って切なさに泣いてという感じになっていて(そういえば、「ロマンス」も栗山演出でしたよ)良かったです。3時間40分も長くは感じませんでした。
特筆すべきは吉田鋼太郎さん。いつもの「ノリノリ、馬力全開」の演技ではなく、登場人物中唯一の常識人を、二枚目で演じてらっしゃって、これが素敵でした。
藤原もいつもより軽い演技で楽しかったし、北村有起哉のはじけっぷり(大倉孝二を思い出しました)や、松田洋二の妙に滑舌の良い可笑しさと相まって、コメディとして笑えました。
バランスの良い作品だったと思います。



「父と暮らせば」池袋あうるすぽっと 8月10日マチ
最後は、井上作品の中でも名作の誉れの高い作品。大学の授業で舞台録画を見た息子が「とても良い作品だから」と言っていましたので、今回の再演は期待して出かけました。
期待に違わぬ名作です。この深い悲しみ、そして優しさ。かつてその事態に直面したであろう人々の思いが伝わります。声高に叫ぶのではなく、密やかに切々と、でもどうしようもなく誰にぶつけるのでもないやりきれない憤りが伝わるのです。
「家族」というのは最少単位の社会ですが、その中で繰り広げられる出来事は、広く世界へ繋がるのだと今回改めて思いました(シェイクスピアでも「リア」はそうだと思う)。
戦争だけではなく、様々な局面で、私たちは何かしら家族や友人を犠牲にしているのではないかという思いも持ちました。
広島弁が美しく響きます。
毎年夏に上演して欲しい作品です。
ちなみに息子は10日ソワに観劇。彼は井上作品は苦手なんですが、「良かったでしょう!皆観るべき」と後日言っておりました。

と10日以上が過ぎてから漸くまとめを書きました。

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