2012年8月26日日曜日

舞台:「子供のためのシェイクスピア‐リチャード三世」 愛知県芸術劇場小ホール 8月25日(土)19:00~

「リチャード三世」 A列16
子供のためのシェイクスピアは、2008年の「シンベリン」を見たのが初めてで、今回は2回目。名古屋での公演は8月末の週末のため、夏の他の用事が入るとパスになってしまうのです。また、「お気に召すまま」は蜷川作品がお気に入りの作品だったので、そのイメージを保ちたかったのでパスしたんだったか…。
「リチャード三世」は、翻案作品「国盗人」を世田谷で観ています。また蜷川作品のDVDも持ってい ます。しかし、アル・パチーノの映画「リチャードを探して」を見た時寝てしまった(!)ように、結構見るのが辛い作品なのです。苦しい言い訳ですが、歴史劇って教養というか、知識が必要なんですよね。
ということで、今回もちゃんと理解できるかちょっと不安も有ったのですが、さすが「子供のための」というだけあって、人物の名前の重複を避けているあたり、理解がしやすかったです(ヘンリーとかエドワードとかは、何人も同じ名前の人-もちろん○世とか○○卿とかつきますが-がでてくるので)。でも、「抄訳」という感じも否めない。悪の魅力が薄まっているように思えました。11月に新国立劇場で「リチャード三世」を観劇予定。こちらは、一昨年の「ヘンリー六世」からの続き上演。どんな仕上がりになるか楽しみです。

2012年8月24日金曜日

映画:「Virginia ヴァージニア」 8月23日(木)15:35~ センチュリーシネマ

「Virginia ヴァージニア」
ゴシックミステリーということですが、衣装にしろ、設定にしろ確かにそうです。しかし、主人公の小説家がいかにも胡散臭い現代人だし、使っているツールが「今」そのもので、これは「何か」あるなと思わせる。そして、やっぱり…。怖い話というのは、紙一重で可笑しい話に通じるのですが、これも結構ゴシックホラーコメディかも。映像はとても綺麗でそこは好きです。
ヴァンパイアものとしては、「ぼくのエリ200歳の少女」の方が怖かったし、哀しみが溢れていて抒情的で印象に残りました(TV録画を昼日中に居間で観たにも関わらず、途中一時停止することなく観てしまいました)。
「ヴァージニア」は「エリ」に比べると、ブラックジョーク的な所が…です。

2012年8月22日水曜日

展覧会:「ボストン美術館 日本美術の至宝展‐前期」 名古屋ボストン美術館


 「ボストン美術館日本美術の至宝展‐前期」
日本美術は、近しいようで遠い存在(大学時代の専攻が、キリスト教美術だったせいか??)今回は、イヤホンガイドも借りて、ゆっくり鑑賞しました。

平治物語絵巻「炎上」
絵巻物は、その物語は子ども頃から好きでした。しかし、絵巻物の見方を知らなかったので、その楽しみ方がよく判りませんでした。大人になってから、絵巻物の拝見の仕方、その流れるような話の進み方を知って、随分楽しめるようになりました。今回展示されている「平治物語」は、現在放送中の大河ドラマと同じ世界。わー、絵巻物って、ドラマなんですよね。それも、自分の好みのシーンを静止画像でじっくり見つめることができるという素晴らしさ。侍女にストーリーを読んで貰いながらこの絵巻をじっくり眺めたい。読み聞かせの原点ですよ!

長谷川等伯「龍虎図‐虎」
長谷川等伯「龍虎図‐龍」

長谷川等伯は、東京国立博物館での展覧会でも拝見しました。彼の人生はとても興味深い。元々は能登の武家の出身で 、都に出てからは秀吉という天下人と挟んで狩野永徳とライバル。そして、後継ぎと頼んだ息子に先立たれ…と、波乱万丈の人生。
日本の古典的芸術家と言うと、雪舟みたいな宗教世界の超越者とか、蕭白にみたいな世捨人的人生ってイメージが強いのですが、大概の絵描きは支配者に保護され、そのパトロネージュの下、大作を仕上げていたはず。描きたい絵をかくために、描きたくない絵も描いたはずだし、お金も欲しい、名誉も欲しいという気持ちだってあったはず。ヨーロッパ絵画では、そういう画家の有り方が結構解明されているのですが、日本では中々説明がなされていません。
長谷川等伯って、なんとなくレンブラントを連想するんですよね。大河ドラマって、「武家」の話がほとんどですが、こういう時代の荒波の中で生き抜いた芸術家の人生を描くのもアリだと思うんですよね。まずは、歴史小説家に、「物語」を書いてもらわなければ!と思うのです。


2012年8月21日火曜日

本:『檀』『凍』沢木耕太郎著 新潮社

本によって、「即購入」、「暫し様子見」、「図書館で予約」、「図書館で巡り合ったら」等、私の中で分類があります。「即購入」の本が、良い本とか、自分の中で順位の高い本とかというわけではありません(特に「即購入」という本は、重版が見込めないとか、図書館に入るか?入るとしても時間が…という場合が多いです)。
沢木耕太郎の書籍は、必ず図書館に入ります。そして、除籍にもならない。内容も古くなることがない。というわけで、「図書館で巡り合ったら」読む、ということにしています。
『檀』(新潮社)
『檀』は、出版された時話題になった本でした。今回ようやく図書館で巡り合ったので-ずっと棚に無かったわけではありません。棚をざっと見た時目に留まったという事-、借りました。
インタビューに基づく一人称語りなので、どこまでが真実か、どこが主人公の思い込みなのか、どこからが著者のフィクションなのか、そのあたりが混然一体となっています。それにしても、縁というか、結婚って、やっぱり人生の大きな転機ですね。特に、昔-ほんの半世紀前迄-は、女性にとって結婚が就職と同じ意味を持つことだったということが良くわかります。 多くの女性が仕事を持ち自立する今、結婚の持つ意味も変わってくるはず。こういう女性の生き方は、無くなりつつありますよねぇ…。それって、男にとって残念なことかも???

『凍』(新潮社)
山岳小説は好きで、よく読みます。所謂ノンフィクションの冒険ルポでも、登山・極地ものが好き(山岳映画も好きでよく観ます)。

この本も出版時話題になりました。「極限の判断」をどう下すかという点で語られることが多っかたと思いますが、今回『檀』に続けて読んだせいか、「夫婦・妻」という存在、視点に興味を持ちました。妙子という女性は、なんて暖かく懐の深い方なのかと驚きましたし、夫婦の有り方も、『檀』とは大違い。パートナーという言葉がぴったりのご夫婦だと思いました。